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12世紀のオトグラフ [仕事]

自筆本マニア研究者を自認する者としてはこの機会を逃す手はないと思い、ちょっくら京都まで足を伸ばして「冷泉家~王朝の和歌守展」を見てきた。

俊成、定家、為家と、12,13世紀の人物たちの自筆本がこんなに残っているという事実にまずは軽く衝撃を受ける。アラビア語写本の場合、その時代のものが数千点規模で残っているというケースはまず考えにくい。(たとえばIbn al-Jawziのオトグラフが何点ある?)和紙の紙質は確かによいのだろうけど、同時代のバグダード紙がそれに劣っていたわけでもあるまい。むしろ薄っぺらい和紙よりは分厚いバグダード紙の方が頑丈なはず。

で気づいたのだけど、写本の残りがよい、ということよりも、冷泉家という家の残りがよい、ということかも。イスラム世界で歴史的実態として12世紀まで遡れる名家なんてあまりないのでは?いや藤原氏は7世紀までいけるか。とするとムハンマド家クラス?

噂に聞く定家の筆跡は、確かに悪筆。親父や息子に比べると、素人目に見ても明らかに「下手」だ。だがそれが後世、書の手本として重宝されたというのはどういうことだろう。ヘタウマさ加減が愛されたのか、真似しやすいと思われたのか。あるいは定家その人のネームバリューゆえなのか。

でまあ、今回展示されている写本はみな「時雨亭叢書」という名前でファクシミリ版が出版されているそうで、webcatで調べたらいろんな大学の図書館に収蔵されていた(うちの大学にはなかったけどどなたか先生が持ってるんじゃないかと思う)。いや別にそれで何か研究する訳じゃないけど、そういうのをぼーっと眺めているだけでなんだかそういう気分に浸れそうだなと思った。贅沢な本。

そういえば、僕などはこういう展示を見てもぼーっと眺めているだけで終わるが、見に来ている人の中には熱心にメモを取ったり、ぶつぶつとつぶやきながら見ていたりする人も多いのに、これまた驚いた。そうか、書かれているのは日本語だし(古語だけど)、しかるべき訓練をカルチャーセンターなんかで受けていさえすれば、別に学者じゃなくても読めるんだよな。「古今集はわかりやすいからええわ」なんて話し合っているご婦人方、熱心に見いるあまりガラスにごつんとおでこをぶつけてしまう紳士、日本史や日本文学の層の厚さはほんとに恐れ入る。(おでこをぶつけるのは習熟度とはあまり関係がないかもしれないが)。

今回は連れ合いとムスメと一緒に見に来たのだが、ムスメ六歳は最初、薄暗い部屋に習字の手本みたいなのがひたすら飾ってある展示室をみてもあまりい興味をそそられない様子だった。というよりは半分見て回らないうちにあからさまに機嫌が悪くなってきた。しかし、虫食い写本をいかに修理するかという展示になると、それなりに興味をもってくれた。「虫」とか「修理」とかいった話には興味を示すんだこのムスメは。あとお土産コーナーは品揃え豊富で、たちまちムスメの機嫌もよくなった。商売っ気たっぷりの冷泉家の姿勢にまたもや恐れ入る。ワクフ監督者たるものこうでなくっちゃ。
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