SSブログ

漫画の神様の脱神話化 [読書]

テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ
キャラとキャラクターの弁別、コマ構成やコマなんとかなどの用語法など、ちょっと読んだだけではすんなりと頭に入らなかった。それは僕が漫画の実践に携わっていない素人だからだろうか?

しかし本書の主旨は明快。「手塚は映画的手法を用いた」、「日本の漫画は映画的手法を取り入れて発展した」、したがって「日本の漫画は手塚によって発展させられた」。これって確かに何か間違ってるよねえ。本書はいわば、このような三段論法の矛盾を指摘し、漫画の神様手塚の脱神話化を行った。

著者によれば、映画的手法なるものは手塚が最初に導入したものではないし、そもそも映画的手法とは具体的にどのようなものなのかの検討は漫画批評において十分になされてはこなかった。その背景には、漫画というメディアがサブカルの代表格のように扱われてきたために、文学や映画の批評のようには、学問的検証に耐えうる批評がなされにくかったことがある。平易な漫画を小難しく語るな!といういちゃもんが常について回るわけだ。

だから、「手塚は日本の漫画の創始者」「手塚は偉いったら偉い」というテーゼがいったん共有されてしまうと、それを実証的に批判することも相当難しくなる。でも考えてみれば、手塚ひとりの作品を検討して日本の漫画史すべてを語るなんて、相当に乱暴なことのはず(夏目房之助の手塚論はおもしろかったけど)。本書の掲げる「手塚への円環を断ち切る」という目論見は、きわめて重要なことと理解する。

主旨は明快、なんだけど、論証の仕方が若干「くどい」ように感じる部分が多々あった。短文をなんども重ねて先行研究批判する下りなど、もちょっと淡泊に書いてくれた方が読みやすいのに、と思ったのだが、まあこれは文体の癖か。それとも漫画批評の方法論を確固たるものとして提示するのを急ぐあまり、アカデミックな文体の臭みが誇張されてしまったのかもしれない。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。