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追悼曲はシャバービー歌手にとっての踏み絵か [音楽]

前回のエントリを書いたあとに知った情報を追加。

まずエジプトの氷川きよしことハマーダ・ヒラールは、革命成就直後の12日に、新MVを発表。

これ、タハリール広場に停まってる戦車を背景にベソをかくハマーダの映像と、デモ中の民衆の映像が巧みにモンタージュされていて、まるで彼がデモの最中にタハリールにいたみたいな演出になっている。しかし、ハマーダがタハリールに足を運んだのは12日、まさにムバラク辞任の翌日だ。多分、前エントリで伝えた「清掃活動」の時に、こっそりと撮影したんだろう。たったの一日でこれだけの作品を仕上げたのはたいしたものだが、「ハマーダも革命に参加してました」とでも言わんばかりのこの演出は、正直いただけない。

話が飛ぶが、1998年の秋に横浜ベイスターズが優勝した時に、それまで巨人応援モード一色だった横浜そごうが突如「そごうはベイスターズを応援していました」との垂れ幕を下げてセールを始めたことを思い出してしまった。そのとき僕は「くそー騙されるもんか」と思いつつも、セールをしてくれるのは消費者にとっては良いことなので、一概に否定できない自分もいたんである。まあ横浜優勝だなんて当時誰も予想しなかったことだし、しょうがないことかな、とも。

なんだか変な話になってしまったが、この優勝便乗セール的なMVが、ハマーダに限らずシャバービー歌手たちの中からどんどん発表されているのが今のエジプトのトレンドである。

中堅実力派女性歌手のアンガームが歌う「ヤナーイル(一月)」。このMVではレディーガガ的演出は封印して、犠牲者を追悼している。わずか一分半ほどの小品だが、映像のクオリティは高い。


若手男性歌手ではターメルと人気を二分するムハンマド・ハマーイーも追悼ソングを。あいにく、映像の方は作っていないようだ。


これらをざっと眺めると、キーワードは「ショハダー・ハムサ・ウ・イシュリーン」つまり、「25日(革命)の殉死者」たち。彼らを英雄的に賛美し追悼するのが、これらの曲の基本スタンスである。

そしてさらに注意したいのは、これらの曲が最初にアップされているのはいずれも12日。つまり制作者側は、革命の帰趨を見届けたのちに、それぞれの曲を発表したということになる。曲の方はそれ以前に吹き込んでいたんだろうけど、映像は急ピッチで作成されたことだろう。

当然、これらのMVを眺めるシャバーブ(若者)たちは冷ややかである。犠牲者を追悼したいんなら、なぜもっと早く出てこなかった?というのが本音だろう。実際、youtubeのコメント欄にも「あんた革命中どこにいたんだよ?」との容赦ない質問がいくつか見られる。

しかし、シャバービー歌手たちにとっても、ここは譲れないところだ。追悼曲を歌わずにいることで「旧体制の手先」とのレッテルを貼られてしまう危険を考えれば、たとえ「偽善者」とそしられようが今何か歌っておいた方がいいのである。なにせ、シャバーブの人気を失ってはシャバービー歌手はやっていけないのである。そんなわけで、今のこの革命便乗大セールが続いているのだ。

そしてついに、エジPOPのスーパースター、アムル・ディヤーブも新曲を出した。彼はデモ開始後早々に、ムバラク支持の集会に顔を出した(動員された?)とも伝えられており、筋金入りの旧体制派と思われても仕方ない人である。そんな彼が取り上げたテーマもやはり、「ショハダー(殉死者)」への追悼だった。

本人は姿を現さず、エジプト国旗の背景の上に次々と「殉死者」の肖像が並べられていく。…あれ、なんだか他の映像に比べると殉死者の数が多いような。これは確証が持てないんだけど、アムルの出してきた殉死者の中には、制服を着た警官の人なんかも含まれている気がする。だとするとそれはすごいことで、ここにはアムルの明確な主張が込められている、つまり、デモに参加した人も旧体制側についてた人も、これからはノーサイド、新しいエジプトのために力を合わせましょう、という主張が込められていることになる。よく言えば未来志向だが、革命派のシャバーブにとっては噴飯物だろう。まあ、あくまで推測なんだけど…

ともかく、12日以降にどしどし発表されているにわか作りの追悼曲を並べてみると、まあそれぞれ作りは立派なんだけど、なんだかなーという感じがどうしてもしてしまう。とするとやはり、前に紹介した「自由の声」は、革命の真っ最中に、制作・発表されたという点で、他のシャバービー歌手たちの曲とは全く性質のことなるもの、ということになるだろう。「自由の声」の発表日は2月10日だった。これはいくら強調しておいてもいいと思う。
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コメント 6

K.Yamamoto

nobutaさんの訳詞がついた「自由の声」が見当たらない気がするのですが、削除されたのでしょうか? 人前であの曲を聴かせる機会があるので、使わせていただきたいと思ってたのですが。(正直、A先生の訳詞はいただけないので。)
by K.Yamamoto (2011-03-01 12:16) 

nobuta

ここです。
http://www.youtube.com/watch?v=SJgjIsfPKmE&feature=player_embedded#at=27
一応うちのブログからもリンクは張ってありますが、youtubeの検索では引っかかりにくいかもしれませんね。
人前で聴かせるというのはシンポジウムでしょうか。K子先生には、これはWe are the Worldとはちがうということをくれぐれもお伝えください。
by nobuta (2011-03-01 21:00) 

K.Yamamoto

ありがとうございます! いいですか?3日のシンポで使わせていただいても。K子先生にあの曲を教えたのは私なのですが、We are the World的であるというのはあくまでもk子先生の独創であります。それから、近日発売の現代思想にも一文を書きまして、自由の声にも触れております。
by K.Yamamoto (2011-03-02 03:04) 

nobuta

3日のシンポ等々、最近東京で開催されてる会にはいろいろと参加したいのですが、なかなか行けず残念です。どうぞ、エジプトの大衆文化ここにありというところを世間にアピールしていただくようお願いします。『現代思想』もぜひ買いますんで。
by nobuta (2011-03-02 10:51) 

K.Yamamoto

今、ハマーダ・ヒラールとアンガームのMVも見させてもらったのですが、どちらも映像はこれまでにユーチューブ上に投稿されていた映像を編集したものですね。見たことのあるものばかりです。
by K.Yamamoto (2011-03-02 11:44) 

nobuta

そうなんです!アンガームなんかは特に、NYTimesの報道写真のスクラップみたいな感じになってます。
こういう各種メディアが公開するオープンリソースの継ぎ接ぎで次々にビデオクリップを作るという形で、デモ側体制側双方の主張が続々発表されていました。今回の革命はある種の情報戦というか、プロパガンダ戦だったわけです。
by nobuta (2011-03-02 14:40) 

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